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【韓国の日本観: Japan and Japanese】

韓国 中央日報 2005.04.18 15:12 から

<世論調査>韓国に最大の脅威国は「日本」、37% (執筆者:安成奎(アン・ャ塔Mュ)記者  (2005.04.18 15:12))

  「韓国の安保における最大の脅威国」を問うアンケート調査を行なったところ、韓国民の認識が、昨年とは大きく変わったことが分かった。

  世論調査専門機関「リサーチアンドリサーチ(R&R、代表:ノ・ギュヒョン)によると、韓国安保にとっての最大の脅威国は、日本(37.1%)、北朝鮮(28.6%)、米国(18.5%)、中国(11.9%)の順だった。

  04年1月の調査では、米国が39%で最大の脅威国だったが、そうした見方は、1年間で半分に減ったわけだ。米国を脅威国に受けとめる人は、年齢が低いほど多く、20代29.2%、30代26.4%、40代13.7%、50代以上8.1%だった。しかし、日本を脅威国に認識する人は、昨年7.6%から5倍近く急増した。

  R&R側は「独島(ドクト、日本名・竹島)領有権をめぐる対立、歴史教科書わい曲による波紋など韓日関係の悪化が、他の諸要因を圧倒し、安保への不安感を刺激しているもようだ」と説明した。こうした認識を反映し、「韓国安保のため協力すべき対象国家」には、米国が第1位(62.25)に選ばれた。その次は中国(16.5%)、北朝鮮(8.1%)、日本(3.5%)の順。

  今回の調査は、済州道(チェジュド)を除いた全国の満20歳以上成人男女800人を対象に、今月13日に行なわれた。信頼度は95%、最大誤差は±3.46%。

【編集者感想 2014.2.11】 この記事を転載して10年近くにになりますが、韓国民の対日観はさらに悪化していますね。  

 

 

韓国 中央日報 【2006.8.15: コラム】

A級戦犯の「世界の流れを読み誤った罪」 (執筆者:鮮于鉦(ソンウ・ジョン)=東京特派員 ) http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/08/15/20060815000016.html

先月20日に公開された昭和天皇の発言メモには二人の「A級戦犯」の名前が登場する。

 「私は或(あ)る時に、A級が合祀(ごうし)されその上 松岡、白取までもが」(原文まま/松岡は松岡洋右元外相、白取は白鳥敏夫元駐伊大使を指すとみられる) 

 靖国神社にA級戦犯が合祀されたことが、参拝中断の理由だったことを明かし、彼らを祭るなどとんでもないとし、不快感を表明したものだ。

 戦後、松岡と白鳥は獄死した。かつて「天皇陛下万歳」を叫び、死んだ人々だ。昭和天皇の発言メモは、彼らの立場からすれば「さらし首」といっていいほど屈辱的なものだ。

 一般に、日本において「ヒットラー」と並び称される戦争狂は「東条英機」だ。「過大評価」とも取れるが、太平洋戦争の開戦当時に首相であったことから永遠に汚辱を逃れられない立場にある。

 東条以外にも靖国神社に合祀された「A級戦犯」の中には関東軍参謀だった板垣征四郎、奉天特務機関長だった土肥原賢二ら「戦争狂」と呼ばれてもおかしくない人物が含まれている。

 一方、松岡と白鳥は一度も銃を撃ったことのない文官の外交官だ。なぜ昭和天皇は多くの戦争狂をさしおいて、彼ら外交官を名指しにして一族に「恥辱」を与えたのだろうか?

 松岡洋右は満州事変から太平洋戦争に至るまで、日本外交の表舞台に登場した人物だ。国際連盟の脱退、日独伊三国同盟の締結など、当時の日本の合従連衡は松岡の手によるものだ。松岡は一貫して全体主義寄りであり、反米であった。自身の一生の業績と自負していた三国同盟に執着し、米国との最後の和解工作を霧散させた人物でもある。

 「親独、反米」路線を歩んだ白鳥敏夫駐イタリア大使も、松岡とともに三国同盟を主導した人物だ。

 松岡と白鳥の罪は「戦争を起こした罪」ではなく、「世の中の流れを読み間違えた罪」だ。

 彼らは世界で最も強い国がどこの国か知らなかったか、あるいは知っていながらも沈黙した。そして「国を誤った方向に導いた罪」を犯すことになった。世の中が移り変わるのに気付かなかったために、世界で最も強い国と銃口を突きつけ合う陣営に日本を加えさせたのだ。

 侵略だろうが、防衛だろうが、ひとたび戦争が起きれば軍人は「進撃」を叫ぶよりほかない。そして軍人を勝てる側に導くのが外交官の役割だ。だからこそ昭和天皇にとっては、数多くの戦争狂よりも国を誤った方向に導いたこの二人の外交官に対する恨みの方が強かったのかもしれない。

 日独防共協定を結んだ広田弘毅、戦争末期にソ連との交渉を進めて失敗した東郷茂徳も同じ罪を犯した「A級戦犯」外交官だ。

 われわれは帝国主義時代の日本を道徳的な物差しで評価している。邪悪な国だったから崩壊したという論理だ。

 だが当時日本は、米国と同じ側に立つか、あるいは少なくとも米国との対立を避けられる機会が何度もあった。日本が策を凝らして機会を逃さなかったなら、その後の東アジアの歴史は大きく変わっていたことだろう。

 だが結局、日本の軍部は中国での戦果に酔い、外交官は自ら構築した枠組みに執着し、世界で最も強い国との戦争に突入する「自滅の道」を歩んだ。

 日本では「昭和天皇発言メモ」の公開以来、戦争責任論が活発化している。「正義」を問うのではない。「誰が汚い戦争を始めたのか」ではなく、「誰が強大な米国との戦争に国を導いたのか」を問うものだ。そしてその責任者こそ靖国神社に合祀された14人の「A級戦犯」だ。

 61回目の敗戦の日を迎えた東京で、日本の過去を通じ、韓国の現実を再考する機会を得た。