原価計算論の学習テキストとして執筆した本書は、原価計算領域における基礎的な概念ならびに技法を、工業簿記や経営意思決定とのかかわりに留意しながら、簡潔明解に説明するものである。
製造業では、工業簿記の中で展開される原価計算が、内部取引を測定・記録し、製造原価や総原価に関わる情報を提供する。そうした原価情報が外部報告用の財務諸表に掲記する売上原価や棚卸資産の数値を提供してきた。財務諸表を作成するために原価情報を提供する計算・集計の仕組みを、本書の第2章「材料費・労務費・経費および製造間接費の計算」、第3章「部門費計算」、第4章「個別原価計算」、第5章「総合原価計算」、第6章「工程別総合原価計算」、および第7章「標準原価計算」に説明する。伝統的原価計算が工業簿記の重要なモジュールであることから、第8章「製造業の会計」を設け、原価情報が財務情報に転換されるプロセスを明示した。
原価計算は原価管理のためにデータを提供するスキームでもある。第7章で取り上げた標準原価計算は原価標準による原価維持活動を支える計算システムである。また、固定費・変動費といった原価概念は利益管理のスキームを支えており、第9章「原価予測とCVP分析」、
および第10章「直接原価計算」ではこのことを説明する。第11章「営業費計算」でも、利益管理という視点を導入している。第12章「意思決定会計」には、差額原価分析が業務的意思決定にどう適用されるのか、また投資決定の技法がどのようなものかを説明した。ビジネス環境の変化に伴い、近年、原価計算は新技法の開発、適用領域の拡大といった変貌を遂げている。第13章「原価計算の新領域」ではこれを取り上げた。なお、学説史や発達史はどの学問領域の学習にとっても重要であり、これを第1章の終わりに用意した。
簿記や原価計算の学習者は、得てして「木をみて森をみず」といった状態、すなわち、計算技法の修得に終始するといった状態に陥りがちである。これを克服するために、本書では、上述の通り、第1章に原価計算発達史を挿入し、また、新しい原価計算領域を第13章に紹介した。なお、本書は、簿記入門の課程を終えたばかりの学生諸君でも、目次ならびに「本章で学ぶこと」という海図をみながら、自力で学習できるレイアウトになっている。学習者の理解を促すために勘定連絡図、図表、例題などを数多く用意した。加えて、各章の終わりに学んだことを確認するための設問を用意した。
大学の原価計算講義、工業簿記講義あるいは管理会計講義の教科書としての機能を高めるために、執筆者は各自が担当する演習や講義に本書の草稿を使用し、足りない部分を補い、問題がある部分は改善した。そうしたプロセスを経て作成した本書には、以下の特徴がある。
@多数の例題を設けて応用力の養成をはかっている
A原価概念(最新の概念を含む)を詳細に解説している
B工業簿記との関連(勘定間連絡の解説)、および財務諸表への接合を重視している
C今日の経営意思決定を支援する技法を詳細に取り上げている
D原価計算の発達史を解説している
EMS.
Excelでの解法を載せるなど、IT時代の原価計算教育を指向している。
会計学専攻者に便宜をはかるために、会計専門用語の英語表現と、それらの索引を掲記した。また、編集に際して、日商簿記検定試験出題区分表の2級工業簿記、1級工業簿記および1級原価計算の項目をほぼ網羅した。したがって、日商簿記検定試験の2級工業簿記、1級工業簿記および1級原価計算の受験者にとって、本書は信頼のおける得難い受験参考書となろう。本書は公認会計士試験の受験者が必要とする知識スコープとレベルにも十分に配慮している。資格試験受験者は、基礎知識を本書で確実なものにし、問題集等を解くことで解答スキルをさらに磨いて頂きたい。
本書の執筆者である上埜進(第1,8,9,10,11,12,13章を執筆)、長坂悦敬(第2,3,4章を執筆)および杉山善浩(第5,6,7章を執筆)は原価計算・管理会計領域を専門にする大学研究者であるが、経歴ならびに研究・教育上の関心は異なる。上述した本書の特徴はこの多様性によるシナジーを結実させたものといえよう。一般に複数人で執筆した教科書には、著書全体を通しての一貫性や整合性が不十分であるという欠点が見受けられる。こうした欠点を克服するために、私どもは、章構成や項目の編成を入念に調整し、草稿の各段階においてクロス・リーディングを行い、かつお互いの原稿を忌憚なく批判し合った。本書が全体を通しての一貫性を維持しているとすれば、それは執筆者全員の共同作業の賜物である。
なお、大阪大学大学院経済学研究科
椎葉淳専任講師には、第7章と第8章の問題の一部を提供して頂いたばかりか、草稿のクロス・リーディングでもお世話になった。ここに、記して謝意を表したい。
最後に、本書の出版に大いに便宜をはかって頂いた株式会社税務経理協会の大坪嘉春社長、峯村英治氏ならびに岩渕正美氏に心よりお礼を申し上げる。
2002年11月
著者代表 上埜進
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